◆紅蓮の武将

ここでは、現代に甦った紅蓮の武将達を紹介いたしておりまする!

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【北の王者の血脈を受け継ぐ 奥州藤原四代の祖】
 
清原 清衡(きよはらのきよひら)

 

 

亘理権大夫、藤原経清の子。

前九年の戦において、父経清は安倍氏に味方し敗北。

幼き清衡は出羽の国の豪族清原氏に母と共に引き取られ、清原清衡と名乗る。

 

後三年の合戦において勝利し、奥羽の覇者となり、姓を藤原に改め、奥州平泉に鎮魂の浄土を築きあげる。

奥州藤原四代の祖。陸奥押領使。

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【清衡に生涯仕えし 奥州平泉黄金文化の影の功労者】

金売り 吉次(かねうりきちじ)

 

奥州にて採れる金を商い、清衡を影から支えた。謎の多い伝説的人物。

 

良く知られるのは、源義経を奥州藤原三代目秀衡に合わせた吉次であるが、

紅蓮隊の世界では、その吉次の五代前の吉次という設定。
吉次の一族は、平将門を討った俵藤太藤原秀郷より、代々「金売り吉次」を名乗り仕えてきた。

その腰には、金が入った袋が下げられている。吉次を褒めると貰えるかも…

 

 

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【源氏の大軍を退けし 若き清原軍総大将】

清原 家衡(きよはらのいえひら)


清原の父と清衡の母との間に生まれた清原三兄弟の末子。

 

後三年の合戦では、

吉彦秀武に抱き込まれ、清衡と共に兄真衡討伐にかかるが、大敗を喫し降伏する。

しかし真衡が謎の死を遂げ、義家によって、清衡と領地を分け与えられるも、それに不服を唱え、

清衡と対立、源氏と清衡を相手に戦となる。

 

初戦の沼の柵において源氏軍を見事に撃退。

その後、決戦場金沢の柵において、兵糧攻めにあい、逃亡するも捕らえられ斬首刑にされる。

 

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【源氏の棟梁 百戦錬磨の戦神】
 
源 義家(みなもとのよしいえ)

 

通称:八幡太郎

​前九年の戦に父とともに出陣。陸奥の国を得ることなく都に戻る。

前九年の恨みを晴らすべく画策、清原三兄弟を反目させる。

清衡と手を組み後三年合戦に勝利するも、朝廷より私戦とみなされ、恩賞を得られず奥羽を跡にする。

その後、郎党に自らの資材を投げ打ち恩賞を与え、より強固な結束を得る。

のちの武家社会の原点となった。

​戦上手で知られ「いくさ神」と称される。

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【軍神の弟、武人にして笙の名手】
 
源 義光(みなもとのよしみつ)

 

通称:新羅三郎

​後三年の合戦にて兄義家が苦戦しているとの知らせを受け、都での官職を投げうって陸奥の国へと向かう。

義光は弓馬の術にたけ、音律をよくしたという伝説がある。

古今和歌集の時秋物語の伝説を産んだ。

義光の子孫は、平賀氏武田氏佐竹氏小笠原氏南部氏簗瀬氏と在地武士として発展した。

鎌倉景政.jpg
【齢十六 隻眼となりながらも奮戦した若武者】

鎌倉 景政(かまくらかげまさ)

 

通称:権五郎

景正とも

後三年の合戦において、右目を射抜かれる。

その時、味方の三浦平太郎為次という者が、矢を抜こうと景政の顔に足をかけた。

すると景政は「弓矢で死ぬるは武士の本望なれど、生きながらに面を足で踏まるるは、いかにも堪え難し。汝を仇として討ち、我も死ぬ」と言い放った。為次は非礼を詫び、手を当てて矢を抜いたという。

 

その後も景政は、隻眼となりながらも奮戦し味方を勝利へと導いた。

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【天下のお百姓さんと相棒】

五助(ごすけ)

出羽の国のお百姓さん。

鍬を持てば百人力。

​「土を耕すんじゃねぇ。人を耕すんだぁ」(意味不明)

六助(ろくすけ)

五助さんの肩にいつもとまっているフクロウ。

 

 

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【頼れる影の者 敵か味方か】

(ゆう)

出羽の国、清水の里、六郷の生まれ。

鍛冶職人。

家衡軍?清衡軍?はたまた源氏軍?

これからの動向が気になる。